映 画 「異端の鳥」(2019年ウクライナ、チェコ、スロバキア 169

10 月9日より伏見ミリオン座で上映


昨年の ヴェネツィア国際映画祭において、『ジョーカー』以上に話題を集めた作品が『異端の鳥』だ。第二次大戦中、ナチスのホロコーストから逃れるために、たった 一人で田舎に疎開した少年が差別と迫害に抗い、想像を絶する大自然と格闘しながら強く生き抜く姿と、異物である少年を徹底的に攻撃する“普通の人々”を赤 裸々に描いた本作は、ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で上映されると、少年の置かれた過酷な状況が賛否を呼び、途中退場者が続出。しかし、 同時に10分間のスタンディングオベーションを受け、ユニセフ賞を受賞し、同映画祭屈 指の話題作となった。本作はその後も多くの批評家から絶賛を浴び、アカデミー賞®国際長編映画賞のチェコ代表にも選ばれ、本選でもショートリスト9本に選出。第32 回東京国際映画祭においても「ワールド・フォーカス」部門で上映され、高い評価を得た。

原作は 自身もホロコーストの生き残りである、ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した代表作「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」。 ポーランドでは発禁書となり、作家自身も後に謎の自殺を遂げた“いわくつきの傑作”を映画化するために、チェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル監督は3年をかけて17のバージョンの シナリオを用意。資金調達に4年をかけ、さらに主演のペトル・コトラールが自然に成長していく様を描く 為、撮影に2年を費やし、最終的に計11年もの歳月をか けて映像化した。

撮影監 督を務めたウラジミール・スムットニーは、『コーリャ 愛のプラハ』でアカデミー賞®国際長編映画賞を 受賞し、チェコのアカデミー賞であるチェコ・ライオン賞最優秀映画賞を7度も受賞しているチェコ映画界の巨匠である。舞台となる国や場所を特定され ないように使用される言語は、人工言語「スラヴィック・エスペラント語」を採用。シネスコ、モノクロームの圧倒的な映像美で描かれる約3時間の物語は、映 画的な驚異と奇跡に満ちている。

迫害を 生き抜くうちに徐々に心を失っていく少年を体当たりで演じ切ったのは、新人のペトル・コトラール。他にもステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテ ル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー、ウド・キアーなどのいぶし銀の名優たちが顔を揃えている。
 

人はなぜ異質な存在を排除しようとするのか? ホロ コーストの源流を辿り戦争と人間の本性に迫る、美しくも残酷な衝撃作は、観る者の心を激しく揺さぶり問いかけてくる。
 
 
―ストーリー
東欧のどこか。ホロコーストを逃れて疎開した少年 は、預かり先である一人暮らしの老婆が病死した上に火事で家が消失したことで、身寄りをなくし一人で旅に出ることになってしまう。行く先々で彼を異物とみ なす周囲の人間たちの酷い仕打ちに遭いながらも、彼はなんとか生き延びようと必死でもがき続ける―

監督声明
原作「ペインティッド・バード」を読んだ多くの人 は、その暴力と残虐性にショックを受けた。イェジー・コシンスキの暴力の概念はすごく不快だと思う人もいるだろう。だがこれは一次元的でもないし、二次元 的ですらない。コシンスキにとって暴力とは人類の本質を明らかにするものだ。

 この名作小説の映画化で私が目指したことは、主人公が経験する度重なる人間 の魂の闇のまさに中心へと導く一連の旅を、絵画的に描写にすることだった。各パートは、視覚的な手がかりで、大きな絵画の失われた断片であり、それらは キャンバスの上で主人公を最終的なカタルシスに向けて形作っていく。それらの層は徐々に剥がれ落ち、最終章までに観客は、ようやく真実を見つけた主人公の 核心に辿り着く。「ペインティッド・バード」の魂は詩である。物語のバラードの精神、静かな緊迫感、そして主人公の少年の鮮やかな内なる世界である。周り で恐ろしいことが起こるにもかかわらず、彼の本質は美しい。

 また本作は、歴史的な時代を背景に雄大な自然の中で、少年が出会う人々の物 語でもある。これらのキャラクターを愛したり、その運命を嘆き悲しんだりすることは必ずしも重要ではない。私たちが彼らを見て、証人となることが大事なの だ。

私は断 固として哀れみを避け、使い古された決まり文句、搾取的なメロドラマ、人工的な感情を呼び起こすような音楽を排除しようとした。絶対的な静寂は、どんな音 楽よりも際立ち、感情的に満たされる。

 35mmの白黒フィルム、12.35アスペクト比で撮影した。シネマスコープという画郭は、豊かに感情に訴える フォーマットだ。他のフォーマットでは、このような正確さと力で、画面上に映し出される美しさと残酷さの両方を捉えることはできない。デジタル画像の品質 は、特にその生々しさを失うため、感触としては古典的なネガを下回る。そして画の本質的な真実性と緊迫感をしっかりと捉えるために白黒で撮影した。

ストー リーテリングのスタイルは口語的ではなく、映画的である。内的独白や説明的なナレーションはない。そして、現実感を保つためにストーリー順で撮影した。そ の結果、子役の成長は主人公の進化と成長を反映している。

 小説の中で、コシンスキは物語の舞台がどこに設定されているかを明確に述べ てはいない。東ヨーロッパのどこかで特別な言葉が話される場所としてのみ説明されている。だからドイツとロシアの兵士が母国語で話す中で、その他の部分は スラブ言語全てを混ぜた言語で撮ることを選んだ。英語では絶対に撮りたくなかった。英語ではストーリーの信頼性が失われてしまうからだ。

 この映画のテンポは、流れる川の速度に設定されている。予測不可能であり、 そのリズムは絶えず変化する。この演出的アプローチは、観客が画面上で展開する出来事を体験し、大きな感情的緊張と解決の瞬間の両方を本質的に生きられる ようにした。

 「異端の鳥」を撮影し、小説の本質を捉えようとすることは非常に困難な作業 だった。映画の観客と小説の読者に同じ疑問を抱いてほしいと思う。本作で“コシンスキの「ペインティッド・バード」”という名のドアの鍵を見つけられたの であれば嬉しいことだ。

 最後に、コシンスキの自伝と小説「ペインティッド・バード」の構想との関係 をめぐる論争はもちろん把握している。私は単に、長きに愛される名作である小説を独立した存在としてそのままに扱うことを選んだだけだ。コシンスキの話 を、悲劇さはそのままに、皆さんに委ねる。

 ヴァーツラフ・マルホウル

 

イェジー・コシンスキ(原作者)

1933年、ポーランドの工業都市ウッチに生まれる。ロシア系亡命ユダヤ人の両親を もち、ヨゼフ・ニコデム・レヴィンコップと名づけられたが、第二次大戦勃発後イェジー・コシンスキを名乗り、またカトリックの洗礼を受けることで、ナチス の迫害を逃れる。ウッチ大学卒業後、ワルシャワのポーランド科学アカデミーの研究員となるも、1957年、アメリカに亡命した。コロンビア大学で学びつつ、ジョゼフ・ノヴァク名 義で2冊のノンフィクションを発表。1965年、「ペイ ンティッド・バード」を刊行し、センセーションを巻き起こす。同書は発表当初からバッシングにさらされ、近年ではゴーストライター疑惑や盗作疑惑がもちあ がり、また主人公の少年がたどった経験と作家の伝記的事実との相違など、大いに物議をかもしつつ、現在に至るまでロングセラーとなっている。小説作品とし てほかに「異郷」(原題Steps1968、全米図書賞受賞)、「庭師 ただそこにいるだけの人」(原題Being There1971)など。俳優としても活躍し、アカデミー賞最優秀監督賞ほか三部門を受賞し た81年の映画「レッズ」(ウォーレン・ベイティ監督・主演、ダイアン・キートン 共演)ではボルシェビキの指導者グレゴリー・ジノヴィエフ役で出演。これはユージン・オニール役のジャック・ニコルソンより上にクレジットされていた。合 衆国PENクラブ会長を務めるなどの名声の陰で、シャロン・テート事件とのかかわりやCIAとの接触疑惑 など、毀誉褒貶の振幅が大きかった。1991年、自宅の浴室内で自殺。

 

「ペインティッド・バード」

 

著者: イェジー・コシンスキ

 

訳者: 西成彦(にし・まさひこ)

 

発行: 松籟社

 

定価: 本体1900円+税(税込み2090円)

 

ISBN987-4-87984-260-2 C0397