第69回ロシア語サロン
キルギスの結婚式  
                アセーリ・アフマートヴァ

  私は22歳でキルギス・ロシア・スラブ大学の四年生です。専攻は国際関係学です。キルギスの首都ビシュケクで生まれ育ちました。今日はロシア語サロンのゲストにお招きいただいてありがとうございます。こうして皆様にキルギスのお話ができるのをとても嬉しく思います。
  キルギスは伝統豊かな国で古くから伝わる習慣はとてもユニークです。今日はキルギスの結婚式がどんなふうに行われるかお話しようと思います。結婚の儀式には様々なニュアンスや細々としたことがいろいろあるのですが一番面白いところをお話します。
  ずっと昔から中央アジアの国々では花嫁の略奪が広く行われてきました。残念ながら昔は花嫁となる女性の意志はまったく尊重されず、多くの少女は結婚式が終わって初めて自分の夫を見たのでした。結婚式には三日間にわたって大宴会が開かれ その間花嫁は半分白い布に覆われた「ユルタ」と呼ばれる天幕の中にいなければなりませんでした。この三日間彼女はお客といっしょに座っていることは許されません。伝統的な品々で飾られたこの天幕に入ることができるのは結婚式に招待された女性だけです。この女性たちは花嫁を祝福し彼女の頭を白いベールで覆います。この白いベールは清潔と純潔のシンボルです。女性たちは新婚の夫婦が幸せに長生きするように、そして彼らの人生が甘くなるようにとキャンディやお菓子を撒き散らします。
  現在では結婚の儀式はずっと簡略化されましたし 女性の合意なしに彼女を誘拐することはできません。もしそんなことをしたら刑事責任を問われることになるかもしれません。
  もう一つの重要な結婚の儀式は「身受け金」の支払いです。これはつまり花嫁の両親にお金を払うのですね。これは花嫁を買うということではありません。キルギスでは女の子が生まれると両親はその子が小さい時から将来未来の夫と新しい家庭を築いていけるようにと彼女を育てます。「女の子は両親の家に来たお客にすぎない」とも言われています。女の子は12歳になると結婚する時に持って行くものを入れた箱を与えられます。昔の大金持ちの家ではこの箱は金でできていてその中にはとても高価なものが入っていました。たとえば宝石とかアクセサリー、食器、寝具など。この箱を持って少女たちはお嫁に行きました。花婿は彼の妻が両親の家で育てられ教育を受けたことに対しての感謝の気持をこめて両親にお金を払ったのです。
  キルギスでは実際には今でもよく女性は誘拐されて結婚することがあります。実は私も誘拐されたことがあります。2年前大学からの帰宅途中に家族ぐるみで親しくしていた男性に会い、「車で家に送ってあげる」というので車に乗ったら自宅ではないところにつれていかれてしまいました。そこは大きな家で人がいっぱい集まっていました。「ここはどこ?いったい何があるんですか?」とびっくりしているうちに 中年女性がたくさん出てきて私を取り巻き「心配しないで、大丈夫、うまく行くから」と言いながら私の頭に白いベールをかぶせようとしました。これは花嫁の印です。そこで私は状況がわかって必死でおばさんたちを押しのけて 急いで携帯電話を取り出し母にSOSを発信、車に閉じこもって絶対に外に出ませんでした。しばらくして親が迎えに来てくれたので私は無事に家に帰れました。この男性はずっと仲良くつきあってきた家の人でしたが その後は絶交しました。訴えはしなかったのですが。
  若い女性の二人に一人は今でもこうしてさらわれることがあります。さらわれてその家に二日以上とどまっていたら もう結婚を承諾したものとみなされて女性の両親も娘を取り返すことはできません。またもし逃げ帰ってもそれは娘の家の恥となり悪い噂が立ってその後の人生がつらいので そのままその家の嫁になってしまう人が多いのです。私は幸いにもその後友人の紹介で今の夫と知り合い8ヶ月交際した後結婚しました。

質問に答えて:

1) 女性は誘拐されて結婚するそうですが普通の恋愛結婚はないのですか?

 もちろん、あります。また中には恋人同士が結婚したいのに両親が反対している場合など 形だけ誘拐して結婚してしまうということもあります。

2)外国人がキルギスの女性を誘拐したら?

  それは刑事責任を問われるでしょうね。

3)キルギスで若者に人気のある職業はなんですか?

  弁護士など法律関連の仕事、医者、企業家など。

4)キルギスの主な産業は?

  今は農業だけです。ソ連時代はたくさん工場がありました。特に製糖業(ビーツから砂糖を作る)の工場が多かったのですが 今はすべて操業停止に追い               
込まれて廃屋になっています。セメント工場とシャンパンを作る工場だけはかろうじてまだ続いてはいますが。

5)女性は平均して何歳で結婚しますか?
  
  田舎では16ー17歳くらいから、町では22−23歳くらいからで上限はわかりません。
6)キルギス人と他の民族との結婚は多いですか?

  はい、キルギスはタジクスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、中国と国境を接していて国内には四十の民族が住んでいます。異民族間の結婚は珍しくありません。

7)キルギスの経済状態はどうですか?

  ソ連崩壊時の混乱からまだ立ち直れないでいます。たとえば私の母は医者ですが月給は100ドルです。平均賃金もせいぜい100−200ドルくらいだと思います。そのためにロシアや中国、あるいはヨーロッパに働きに行ってしまう人が多いですね。

8)一番人気のある外国語は?

やはり英語ですね。公用語はキルギス語ですがロシア語は第二公用語として使われていて、ロシア語しか話さない人、キルギス語ができない人もいます。ロシアや中国に留学する人も多いです。中国とは国境を接していて、経済大国としての将来性もあるということで中国に留学する人が多くなりました。ロシアより学費が安いのも魅力です。残念ながら日本語を勉強する人はあまりいません。

9)住居費は?
  ビシュケクでしたら 町の中心ではなくてもアパートは一ヶ月の家賃が四万ドルもします。日本に比べて一部屋あたりの面積はずっと広いのですが。

10)お医者さんの月給が百ドルなのに そんなアパートに住める人はどういう人ですか?
 個人でビジネスをしている人や官僚でしょう。

11)主に何肉を食べていますか?どんな魚を食べますか?

  イスラム教徒が多いので豚肉は食べません。主に羊肉を食べます。魚はほとんど食べません。もともとキルギス人は騎馬民族で狩をしていました。 後には家畜を育ててきたわけで 肉を好む傾向があります。

12)主産業は農業とのことですが 外国からの観光客は?観光で収入を得たらどうですか?

  残念ながらキルギスにはお隣のウズベキスタンのような遺跡はありません。騎馬民族だったため宮殿なども建てませんでした。でもキルギスには美しい湖や山があります。山のトレッキングに来る人たちもあります。フルーツや野菜もおいしいですし 観光客も楽しめると思います。
  国が貧しいことをお話してキルギスのイメージが悪くなったかもしれませんが 我が国には多くの民族が仲良く穏やかに暮らしていることもお知らせしたいと思います。平和が一番です。

  久々のキルギス人ゲストのアセーリさんはまだ22歳、すらりとした長身、大きな目に長い黒髪のきれいな方でした。前もって書いていただいたテキストにもかつての略奪婚の話は書かれていたので 当日も「昔はそんな風だったのね」と思いながら聞いていたのですが「実は今でもよく女性は誘拐されて結婚します。」という言葉にびっくり。「えっ、今でも? それは現代の話?」と何度も確認しましたが「ええ、実は私もさらわれたんです」という返事でまたびっくり。会場の参加者のみなさんもびっくりしてシーンとしてしまいました。サロンの後でお聞きしたら彼女のお母さんも見ず知らずの人に誘拐されて結婚されたのだそうでした。
  インターネットで「キルギス」「略奪婚」「誘拐」などのキーワードで検索するといろいろ情報が出てきますが 法律では一応禁じられていても実際にはまだこういう風習は続いていて 誘拐する方には罪の意識が薄く女性たちもしかたなく結婚してしまっているようです。ただ最近になってこの習慣に抵抗する女性たちも現れ、また「法律で禁じても、誘拐婚を男らしい、カッコいいと考える男性がいる限りこの風習はなくならない。まず男の子の教育から始めなければ」と考えて活動する団体もできたとのことでした。    服部記


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