カザケーヴィッチ先生の桜の国でロシア語

異なる日本語の言語体系
ロシア語学習に困難な壁

 私は日本の詩が好きです。中でも次の一茶の俳句は、ずっと以前に知ってすぐに覚えてしまいました。

Чужих меж нами нет                  花の陰
Мы все друг другу братья     赤の他人は
Под вишнями в цвету                 なかりけり

 この句が日本でよく知られているものかどうかは知りませんが、ロシア人はこういう感情がよく分かりますし、大切にします。今日の私の講演の題には二重の意味があることを理解していただけたらと思います。つまり「日本においてロシア語を教えることと学ぶこと」と「ここに集まった日本人とロシア人を兄弟のように結ぶロシア語」という意味です。

 今回も名古屋に招いてくださったこと、ロシア語や私の仕事に典味をもってくださったこと、そしていつも温かく迎えてくださったことに感謝しています。みなさん、どうもありがとうございます。それでは始めましょう。日本人のロシア語学習にはどんな特徴があるのでしょうか。日本人にとって何が難しいのでしょうか。日本人特有の間違いにはどんなものがあるのでしょうか。

【主な難しさ】もちろん日本人にとって外国語の学習は難しいことです。それには多くの歴史的理由があり、心理的な理由さえあります。でも、ここでは一番重要なのは言語学的理由です。日本語には親戚の言葉がありません。どの言葉のグループにも属しておらず、一つだけポッンと離れています。

 ブルガリア人やポーランド人なら、かなり楽にロシア語を覚えることができます。私たちの言葉は、みんな同じスラブ語のグループで、似ているからです。ドイツ人、あるいはスペイン人でさえ、それほど大変ではありません。スラブ語、ゲルマン語、ロマンス語は共通の語根を持つインドヨーロッパ語のグループを形成しています。

 日本語の起源、発生的結びつきは今日でも解明されていません。文法の体系はアルタイ語系の言葉と共通点があります(例えば朝鮮語、モンゴル語と)。語彙においてはマレー・ポリネシア語系の言葉と似ています。しかし、スラブ語やロシア語とはまったく関係がないことは確かです。ですから日本人のロシア語が難しいのは当然でしょう。

 もそもロシア語自体も簡単な言葉ではありません。ロシア語の勉強を始めるとほんの初歩の段階から克服していかなければならないことがなんと多いことでしょうか。
 


難しい格変化や人称変化
勇気を持って困難克服を

 ロシア語の初歩から克服しなければならない、特に重要な三つのポイントがあります。
 
   (1)動詞の人称変化を覚えなければならないこと。
 Я читаю,ты читаешь,он читает,она ...

 (2)名詞の格変化を忘れてはならないこと。
例えばくMaшa〉(マーシャ)という言葉一つでも、なんていろいろに変化することでしょう。
нет Маши, звоню по телефону Маше, смотрю на Машу, говорю с Машей, мечтаю о Маше(マーシャがいない)(マーシャに電話する)(マーシャを見つめる)(マーシャと話す)(マーシャのことを夢見る)
 そこへさらに形容詞もあるのです。マーシャが「美しい」としたら、マーシャの前にくるくкрасивая〉(美しい)という形容詞も名詞の格変化につれて変化するのです。
 нет красивой Маши.(美しいマーシャがいない) смотрю на красивую Машу.(美しいマーシャを眺める)… そこへさらにさまざまな代名詞もついていたら?

   (3)なぜ、そしてどのようにロシア語では二つの動詞の「体」を使い分けるかを理解し、それぞれの動詞を完了体と不完了体の二つの形で覚えていかなければならないことなどです。
   
   みなさんをすっかり脅かしてしまったようです。でも、怖がらないでください。こういう文法上の概念がない言葉を母国語とする外国人なら誰でも、これは難しいことなのです。自分だけが苦労するのだと思わないでください。アメリカ人にとっても動詞の変化や格変化を覚えるのさま大変なことです。また、動詞の「体」はスラブ人以外の人にとって、非常に難しいことなのです。

 困難を克服する喜びを感じ、学んでいる言葉がいかに豊かで、しなやかで、美しい言葉かということが次第に分かってくると、ロシア語学習での苦労は充分に報われるのです。そして困難を恐れないでください。克服することは可能です。ロシア語が堪能な日本人はたくさんいます。例えば、みなさんの先生たちです。

 私は息子の言葉をよく思い出して自分にも言い聞かせています。息子が小さ頃、何か困ったことがあると、こう言ったものです。「ママ、大事なのは怖がらないことなのだよ」一本当に外国語の勉強においても大事なのはこのことなのです。(前回お話ししたことの繰り返しになりますが、私は言葉の勉強においては勇気を持つことが非常に大切だと考えています)。

〔日本人の典型的な誤り〕
   日本人に多い誤りにはどんなものがあるのでしょうか。
 もちろん、格変化や動詞の変化や「体」の選択の誤りがよくあるのは、日本語にそういう概念がないのですから当然です。だから、日本人の典型的な誤りの原因は、日本語の影響だと考えるべきでしょう。そういう誤りは語彙、文法、発音やイントネーション、全ての面に及んでいます。次回から、そういう誤りの例をいくつか詳しく検証してみましょう。